【最終話】メガロボクス 感想・総評 どこまでも「惜しい」作品

アニメ、メガロボクスが最終回を迎えたので感想を書きたいと思います。本編のネタバレを含むので注意してください。

最初に言っておきたいんですが私はこの作品をボロクソに叩きます。

ただ決してつまらないと思っているわけではないです。最終話まで毎週楽しみに見ていましたし、とても好きな作品です。だからこそもっと面白くできたのでは?と思わずにはいられないのでどうしても批判的な意見になってしまいました。

明日のジョー50周年記念作品

明日のジョー50周年記念作品ということで内容としては「近未来世界で明日のジョー」というもの。しかし、明日のジョーの登場人物をオマージュした登場人物が多数登場するものの、作品の流れは独自のものとなっており全くの別作品になっている。

それでも作品の各所には本家をオマージュしたセリフやシチュエーションがうまく取り入れられておりうまく原作に引きずられずに原作の良さを生かした作品になっていると思う。

ギアレスジョー

主人公のジョーはギアが壊れてしまったことと自分の名を売る為という理由でギアをつけて戦うメガロボクスの世界でギアレスジョーとして戦っていくことになる。

個人的にはこれがこの作品最大の失敗だと思う。

予想を裏切るつもりが期待を裏切ってしまった

この作品、明日のジョー50周年記念作品としてそれなりに宣伝されていましたがその内容はもちろん「近未来が舞台」「ギアをつけて戦うボクシング」という設定が売りだったしタイトルも「メガロボクス」そのもの。

これに関しては断言してもいいがこれを見て視聴者が期待するのは「ボクシングにギアという要素が加わったメガロボクス」であり決して「ボクシングがメガロボクスを倒す展開」ではない。

「ギアのカスタマイズ」「相手とのギアの性能差」「パワー型やスピード型のギア」等の所謂ロボアニメ染みた要素をこの作品に期待した人は序盤でその期待を裏切られることになる。

ギアは飾り

とにかくギアレスジョーという存在が「メガロボクス」という設定そのものを壊してしまっている。

まず設定としてメガロボクスには現実のボクシングと違い階級がない。現実のボクシングでは階級差は絶対の壁。「その差を埋める為のギア」であると視聴前は考えていた。

ギアをつけていてもギアで覆われていない生身にヘビー級ボクサーのパンチなんて喰らったら一発でKOどころか下手したら命が無さそうだがそこは「アニメだから」で済ませてもいいとは思う。

しかし、実際には生身のジョーは明らかに自分よりも階級が同等か上の選手からギアで強化されているはずのパンチを雨あられと浴びてもゾンビの様に立ち上がり最後には逆転する。

私は視聴前はギアの設定には「軽量、中量級のボクサーが重量級のボクサーを倒すことに説得力を持たせる」という役割もあるんだろうと勝手に思っていたが、実際には「ギアで強化された階級が上のボクサーを生身の中量級ボクサーが倒す」という展開が待っていた。わけがわからない。

もはやこうなると「ギアってボクサーのパンチの威力を中量級選手でも耐えられるくらいに落とす為の拘束具なのでは?」と考えずにはいられない。

ともかくギアレスジョーという存在が「ギアの存在感」そのものを奪ってしまっているのは間違いない。

一応フォローしておくとギアという設定を頭から外して見れば、アラガキ戦等は特に非常に熱い展開でよかったと思う。ギアを無いものと考えれば。




サチオの存在価値

明日のジョーにおけるサチのオマージュキャラのサチオだがサチよりも重要キャラに。父がギアのエンジニアで自分もメカに詳しいというありがちと言えばあちがちなキャラ。こういうキャラが出てきたら普通は「なるほどこいつがメカニックになるわけだ」と思うが知っての通りジョーはギアを一切使わない。

じゃあ実際サチオの役割は何なのかと言われれば特に何もない。試合中にやることは応援とセコンドとしての雑用だけである。

もしかしたら幹夫戦のように見えないところで相手のギアの分析等をしていたのかもしれないが見えないところでやっていても意味がない

これなら「白都に失敗作扱いされたサチオの父が作ったギアをジョーが使う」というような展開でよかったのではなかろうか。その方が一体型ギアに対する因縁みたいな物もできるし。

「メガロボクス」として見なければ面白い

ギアの設定の矛盾を気にしなければ非常に面白いのは間違いない。それぞれの試合にちゃんと見所があるし原作オマージュの使い方もうまい。南部の「立て、立つんだジョー!」は本当に熱かったし何度も見直してしまった。

毎回来週が気になる引きを持ってくるのもうまい。演出面は本当にすごかったと思う。

ジョーvsユーリ

ジョーと対等な試合をする為にギアを外すことを決めるユーリに対して雪子が放ったセリフ。

「メガロボクスの頂点を決める試合が生身のボクサー同士の試合なんてナンセンスだわ・・・」

仰る通りだと思います。

これを熱い展開だと思う人も多いだろうし自分もそう思わなくもない。特に力石の地獄の減量シーンを一体型ギアを外した苦しみで表現するのは非常にうまいなと感心した。

しかし観客はその決勝戦で納得するのか?これメガロボクスじゃなくてボクシングじゃんって言う人間はいないのか?この世界には普通のボクシングはもう存在しないのだろうか・・・

そして最終話・・・

どうにも駆け足で一気に終わらせたとしか思えない。一話に試合とエピローグまで詰め込むのは無謀だったのではなかろうか。

決勝戦はボクシングとしての内容より登場人物の心情とかそういうのを重視した感じ。

問題なのは試合の流れが「終始ジョーがボコボコにやられるが手術の後遺症で体力が低下しているユーリのスタミナが切れたところを倒す」形になってしまっていること。対等な試合をする為にギアを外したユーリがそのせいで圧倒的に不利になってしまったようにしか見えない。最後の試合がこれでいいのか・・・。

その後ジョーとユーリの決着で終了かと思いきやがっつりエピローグ入り。決勝戦から一年が経過し、南部はジムを建設、ユーリは後遺症で車イス生活になりジョーは恐らく引退してジムを手伝っている。

ユーリが死んでジョーも真っ白に燃え尽きるラストもあり得たがそこは安易にオマージュせず二人共命は無事。

第二回メガロニアトーナメントが開催されるもジョーは出る気が無く、最後は南部ジム建設記念のパーティーであっさり目に終了。

正直ジョーには第二回メガロニアに出ないのか聞かれた時に「燃え尽きちまったぜ・・・真っ白にな・・・」って言って欲しかった。実際「終生のライバル」になったユーリとの試合で満足しきったと思うし。

まとめ

一言でまとめるなら「勿体ない作品」だったと思う。何度でも言うがギアレスジョーという設定が「メガロボクス」という設定の可能性を全て破壊してしまった。

登場人物はみんなキャラは立っていて演出も熱いしオマージュの入れ方も秀逸。13話でこれだけ「濃い」内容にできたのはすごい。決して見て損をするようなつまらない作品ではないし、見てない人にはオススメしたいアニメなのは間違いない。

しかしそれでもこれだけは言いたい

私は「メガロボクス」が見たかった!

以上、メガロボクス感想・総評でした。

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